「“今年こそ” “今年こそ” との年賀状」~思い通りにならないことを教えられる~

 近年、LINEやメールなどSNSを使うことから、年賀状を作って送る人が減っていると聞く。新年に配送される年賀状を見て、久しぶりに思い出す懐かしい顔も多い。その年賀状には、“今年こそ、今年こそ”の文字をよく見かける。その言葉を見ると、思いをこえて生まれながら、なんでも思いどおりにしようとする人間・私のすがたが照らされているように感じる。

 私たちの人生は、思い通りにならないものなのだとあらためて教えてくださる。もちろん、自分の努力で思いが叶(かな)うことは多少なりともあるだろう。

 しかし、身の事実をはじめ、多くは思いどおりにならないことばかりではないだろうか。また、自分の思いどおりになっている時には感謝をするが、そうでなければ責任転嫁(せきにんてんか)をしたり、〝なんで私だけが〟と嘆(なげ)くこととなる。

 私たちは、数え尽くせないほどの不可思議(ふかしぎ)なご縁によって今ここに在(い)る。思いをこえて生まれてきたという尊さに目覚める時、思いどおりにしようとする人生の中にあって、縁(よ)って起こる出来事を大切にする生き方が始まるのではないだろうか。

信國  眞一

MONTHLY

今月の言葉

今月の言葉31

 近年、LINEやメールなどSNSを使うことから、年賀状を作って送る人が減っていると聞く。新年に配送される年賀状を見て、久しぶりに思い出す懐かしい顔も多い。その年賀状には、“今年こそ、今年こそ”の文字をよく見かける。その言葉を見ると、思いをこえて生まれながら、なんでも思いどおりにしようとする人間・私のすがたが照らされているように感じる。  私たちの人生は、思い通りにならないものなのだとあらためて教えてくださる。もちろん、自分の努力で思いが叶(かな)うことは多少なりともあるだろう。  しかし、身の事実をはじめ、多くは思いどおりにならないことばかりではないだろうか。また、自分の思いどおりになっ

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MONTHLY

今月の言葉

今月の言葉30

 標記のご法語は、親鸞聖人のお書きになられた『教行信証』のはじめにあるおことばです。  私はお寺に生活しておりますので、日頃よりご門徒さんと一緒にご法事や祥月命日などのお参りをさせて頂いておりますが、そのなかで、最近あらためて考えさせられることがあります。それは、法会の場で目の前にお座りになられているご門徒さん方がこうやって手を合わせられる、そのご縁を作ってくださっている方々のことです。先にお浄土にかえられたおじいちゃんやおばあちゃんかもしれません。お父さんやお母さんのお姿かもしれません。あるいはお盆やお彼岸などでお参りされる方の姿かもしれません。そういった「南無阿弥陀仏」と手を合わせる方々

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MONTHLY

今月の言葉

今月の言葉29

 暑さが過ぎ去り台風も過ぎ去り稲穂が実る時期となりました。稲穂が実る姿を見ると 「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉を思い出します。  実れば実るほど、まるで有難うとお辞儀をするかのように稲穂が垂れ下がる様子を詠んだ句です。  あらためて、普段の自分の姿が頭を垂れる稲穂の姿とかけ離れていると実感します。  どうしても、自分がこれまでした経験や価値観を正しいと思い込み、頭が下がらずいつの間にか傲慢になっている私がいます。  親鸞聖人はご自身のことを「愚禿」と名乗っておられます。  『愚禿鈔』には「愚禿が心は、内は愚にして外は賢なり」(真宗聖典p423)と書かれており、  「私の

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