「熊本分室公開講座」開催のお知らせ

真宗大谷派九州教区
お問い合わせ contact

お知らせ

News

背景

「熊本分室公開講座」開催のお知らせ

2026.05.13

「熊本分室公開講座」開催のお知らせ

 

仏法に出遇う喜びとは何か
~『行巻』十住毘婆沙論引用における親鸞聖人の歓喜地の問題を通して~

 
九州教学研究所熊本分室では、現在『教行信証、教行巻』を学習しています。そして『行巻』の「歓喜地」まで学びを進めてきました。「歓喜地」とは『十地経』でいうところの初歓喜地にあたり、それは菩薩が仏に成るまでの十段階の第一段を指しています。そういった階段を上るように上を目指す様相は、自力的な印象を与えるものであり、私自身も同じような感覚で『十住毘婆沙論』の引文を読んでいるのではないかということに思い至りました。
そして学びを進める中で、私たちは仏法に出遇うことを喜んでいるだろうか。親鸞聖人がおっしゃる歓喜と私たちが考える喜びというのは違うのだろうということは想像できます。私たちの喜びはおそらく自我の喜びでしょう。そしてよくよく考えてみると、私たちは自我が喜んでいくような喜びしか想像できません。もしかしたら浄土真宗なる仏教も自我が喜んでいくこととして受け取っているのではないかという疑問も出てきています。

「初果の、究竟して涅槃に至ることを得るが如し。
菩薩、この地を得れば、心、常に歓喜多し」

(『教行信証』 「行巻」)

親鸞聖人が『十住毘婆沙論』を引用されている言葉であります。私たちは仏法を聞くことに飽きているということはないでしょうか。「初果」の喜びは一度だけの喜びなのでしょうか。今回は『十住毘婆沙論』の歓喜を中心に仏法に出遇う喜びについて考えていきたいと思います。皆様のご参加をお待ちしております。
 


 
■開催概要
日時:2026年6月5日(金) 13:30~17:30
会場:東本願寺熊本会館(熊本教務支所)
講師:一楽 真 氏(小松大聖寺教区宗圓寺住職・大谷大学前学長)
講題:仏法に出遇う喜びとは何か 〜『行巻』十住毘婆沙論引用における親鸞聖人の歓喜地の問題を通して〜
参加費:無料
対象:どなたでもご参加いただけます。
申込:事前申込は不要です。当日会場へお越しください。

[お問い合わせ]
熊本教務支所 TEL:096-324-0608