独生独死 独去独来 仏説大無量寿経

私たちはどうあがいても独りで生まれそして独りで死んでいく。
その事実は決して変わりません。
なんと寂しく、そして虚しいことでしょうか。
どうにか人とつながりたいと思っても、他人の考えていることは分からず不安な毎日を送る日々です。

 

学生時代に一人暮らしをしていたのですが、無性に寂しくなる夜がありました。そんな時はドライブをしながらラジオを聞いていたものです。周りは真っ暗で誰もいない中、遠い遠い自分では行ったこともない場所から、会ったこともない人の声が電波に乗って私のもとに届く。それが不思議となぜか私の心を落ち着かせてくれていたことを思い出します。

 

直接人と会うことがしづらくなった世の中。孤独を感じる時間も増えたのではないでしょうか。独りぼっちの私。しかしそこには遠い遠い昔から、多くの人々に願われてきたお念仏の声が確実に届いているのです。

 

独りで生まれそして独りで死んでいく我が身であっても、阿弥陀様は願いをかけてくださっています。世の中がどう変化しようとも本来の人の尊さ、日常の営みの有難さは変わらないはずです。

(佐々木信行)

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今月の言葉

今月のことば34

「南無阿弥陀仏」、それは形のない「仏さまの願い」が表された「名」。南無阿弥陀仏とお念仏を称え、その名をとおして私たちを救おうとする「仏さまの願い」を聞く。その呼応する関係によって仏さまに育てられていく生活を賜っていくのだ。「称える」の「称」は、「となえること、よぶこと」の他に、「はかる」という意味があるという。いつでもどこでも、私の心と仏さまの心を天秤にのせ、私の心は仏さまのお心にかなっているのだろうかと常に自らが問い直される生活が真宗門徒の生活であろう。

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今月の言葉

今月のことば33

お盆やお彼岸、ご命日など、お内仏(仏壇)の前に座る時、あらためて亡き人のことを思い出す。そして、私の人生に亡き人の人生を重ね、私も老いて、病んで、死んでいく身の事実を突きつけられる時、何を本当に尊いこととして生きているのかと問うこととなる。嫌いな人、迷惑な人であったとしても、今は、私にたくさんの問いをなげかけてくださる大切な人となってくださっている。亡き人が、仏さま・目覚ましめるはたらきとなり、あらためて出あい直すのだ。

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今月の言葉

今月の言葉32

 先日ここ3、4年会えていなかった友人が亡くなったと連絡がありました。その瞬間深い悲しみに包まれましたが、その後徐々に私に湧いてきた感情は、その訃報を届けてくれたその友人の妻に対する感謝の思いでした。「ありがとう」とここまで心の底から思ったことはありません。  私たちが日常的に使う「ありがとう」という言葉は、もともと「有り難し」から来ていて「存在することが難しい。滅多にない」という意味です。人から受ける恩もそれが当たり前だと鈍感になれば、口では「ありがとう」と言っても、ただのあいさつとなんら変わりません。ただ私たちは生死の問題の前に立つと、普段当たり前だと思ってしまうものの「有難さ」に気づか

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