自分を苦しめず、人を傷つけない言葉のみを語りなさいテーラガーター

私たちは何かに傷つけられたり、悲しさや寂しさを感じるとき、「人に知られたくない」、「周りにいる人たちを心配させてはいけない」、このような思いから我慢することがあります。
 
我慢してじっと耐えること、それ自体は何も悪いことではありません。けれども、無理に我慢しているとその悲しみはだんだん大きくなって、やがてそれは怒りとなり、相手を傷つけたり、他の誰かに八つ当たりすることがあります。怒りをぶつけられた相手の怒りはまた他の誰かに向けられますことになります。
 
怒りを誰かにぶつければ、その一瞬は気持ちよく感じます。ではその後に空しさのような感覚を覚えるのはなぜでしょう。怒りをぶつけられた相手の心は傷つきますが、なによりも自分の心が傷ついているのではないでしょうか。
 
お釈迦さまは「よい言葉」を話すように言われています。よい言葉とは「自分を苦しめず、人を傷つけない言葉」です。人を傷つける言葉はそのまま自分を傷つけます。自暴自棄になって自分を傷つけることは周りの人たちを悲しませます。
 
自分が悲しい思いや寂しい思いをしているときは誰でも人を傷つけたくなります。裏返せば、まず自分を大切にしなければ他の人を大切にできません。これはあらゆる人に願われていることです。それは阿弥陀さまの願いであり、他の誰よりも阿弥陀さまに願われているということを忘れないでください。

(蓮井智道)

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今月の言葉

今月の言葉24

最近、私はSNSを通じて他宗の友人が増えました。その中で浄土宗の方と話す際に法然上人の一枚起請文を改めて読み直しました。法然上人が亡くなる直前に記され、弟子の勢観房源智に授けた文ですが、法然上人の御言葉でありながら、私は親鸞聖人と蓮如上人を思うのです。 「親鸞におきては、ただ念仏して、弥陀にたすけられまいらすべしと、よきひとのおおせをかぶり(蒙)て、信ずるほかに別の子細なきなり。」 (『真宗聖典』627頁 「歎異抄」第二条) 「ただ一念に弥陀をたのむ衆生は、みなことごとく報土に往生すべきこと、ゆめゆめうたがうこころあるべからざるものなり。」 (『真宗聖典』835頁 「御文」

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今月の言葉

今月の言葉23

数年前、九州大谷短期大学真宗研究所主催の教化講習会に参加しました。法話の研鑽のみならず、教行信証の学習・仏教讃歌・カウンセリングの基礎・靖国問題学習など、お寺で生活する中ですぐ役立つ学びと僧侶として常に心がけておきたい様々な学びをいただき、素晴らしい同朋とも出遇えました。自分が思っていた以上に豊かな時間を与えてくれた教化講習会という場に、感謝の気持ちでいっぱいです。 特に、齋藤豊治先生のコミュニケーション学習の中で言われた「やわらかく接する」ということを、今も日々心がけています。 私たちは、苦手な人間に会って「ダメだ」と思った瞬間、威嚇や自己防衛反応で固さが出る。そのロック

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今月の言葉22

3月に、一年ぶりの彼岸会をしました。法要の中で、「たまたま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ」(聖典149頁)という聖典の言葉が思い浮かびました。 「解読教行信証上巻 東本願寺」の訳によれば、「たまたま行信を獲たなら、はるかむかしからのご縁があったことを慶ぼう」とあります。 私なりに、乱暴な訳ですが、たまたまお寺に来ようと思いたち来たならば、はるか昔からのご縁があったことを慶びましょう。そう訳しても良いかと思います。宿縁とは、遠い昔から、今ここに自分があることを支える全ての条件を言います。 今、私がいることは、私に父と母がいるからですが、その父母にも父母がおられて、その父母にも当然お

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