たまたま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ教行信証(総序)

3月に、一年ぶりの彼岸会をしました。法要の中で、「たまたま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ」(聖典149頁)という聖典の言葉が思い浮かびました。
 
「解読教行信証上巻 東本願寺」の訳によれば、「たまたま行信を獲たなら、はるかむかしからのご縁があったことを慶ぼう」とあります。
 
私なりに、乱暴な訳ですが、たまたまお寺に来ようと思いたち来たならば、はるか昔からのご縁があったことを慶びましょう。そう訳しても良いかと思います。宿縁とは、遠い昔から、今ここに自分があることを支える全ての条件を言います。
 
今、私がいることは、私に父と母がいるからですが、その父母にも父母がおられて、その父母にも当然おられるわけです。
 
父と母で2人、父と母の両親で4人、そのまた両親で8人、20代迄さかのぼると100万人を越します。今私がおるということは、たくさんのいのちの繋がりを受けて生きているのです。そして、お寺にお参りに来るということは、沢山の先祖そして両親の願い、お寺を大事に思ってこられた思いやお姿を受けて今私がお寺にお参りしているのではないでしょうか。先祖は、私達をお育て下さっておるのだと思います。
 
亡き人を思い供養をする大切なことだと思います。しかし、供養している私達が、生きていることに喜びをもてなかったら、先祖も悲しいと思います。この世は、娑婆と言われるように苦しみ悲しみの多い世界です。しかし、苦しみや悲しみは無くならないけれども、その事を通して人生を深めて欲しいと願われている。また、私に先立って歩んで行かれた方々がおられる。そのことは、大事にしていきたいと思います。
(佐伯和則)

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今月の言葉

今月の言葉27

日本でも哲学者として有名なカントは1724年に東プロシアの首都ケーニヒスベルク(現在のロシア領カリーニングラード)に生まれ、1804年に衰弱死によってその生涯を終えました。彼の生まれた時代はヨーロッパの各地でひっきりなしに戦争が起きていました。71歳のカントが『永遠平和のために』を著したその背景にはやむにやまれぬ思いがあったことでしょう。 2022(令和4)年2月24日、ロシアがウクライナに侵攻を開始しました。当初、この原稿を書く頃には戦争は終わっているものだとばかり思っていました。それはロシアやウクライナ、さらにはその他の諸外国も同じ思いだったかもしれません。しかし実際には戦況は長引き

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今月の言葉26

人間は死を抱いて生まれ、死をかかえて成長する 『信國淳選集』第六巻「第一部浄土」柏樹社 私たちは誰もが「生まれたものは死に往くもの」とは知っていても、死を抱えて生きているという実感がないのが事実です。死はこの身において成熟するものと言われますが、まことにその通りだと言わねばなりません。 私はこの歳になって初めて老眼を体験しました。まさに我が身が老いゆくもの死にゆくものであるという事実を突きつけられました。まさに死を抱えて生まれてきたという事実を分かったつもりでいる人間的未熟さを感じずにはおれませんでした。 人間は、いつまでも生きたいとおもう心によって死を逃れようとし、若

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今月の言葉24

最近、私はSNSを通じて他宗の友人が増えました。その中で浄土宗の方と話す際に法然上人の一枚起請文を改めて読み直しました。法然上人が亡くなる直前に記され、弟子の勢観房源智に授けた文ですが、法然上人の御言葉でありながら、私は親鸞聖人と蓮如上人を思うのです。 「親鸞におきては、ただ念仏して、弥陀にたすけられまいらすべしと、よきひとのおおせをかぶり(蒙)て、信ずるほかに別の子細なきなり。」 (『真宗聖典』627頁 「歎異抄」第二条) 「ただ一念に弥陀をたのむ衆生は、みなことごとく報土に往生すべきこと、ゆめゆめうたがうこころあるべからざるものなり。」 (『真宗聖典』835頁 「御文」

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