平和とは人間の関係にとって不自然な状態である。 (カント『永遠平和のために』より)

日本でも哲学者として有名なカントは1724年に東プロシアの首都ケーニヒスベルク(現在のロシア領カリーニングラード)に生まれ、1804年に衰弱死によってその生涯を終えました。彼の生まれた時代はヨーロッパの各地でひっきりなしに戦争が起きていました。71歳のカントが『永遠平和のために』を著したその背景にはやむにやまれぬ思いがあったことでしょう。

2022(令和4)年2月24日、ロシアがウクライナに侵攻を開始しました。当初、この原稿を書く頃には戦争は終わっているものだとばかり思っていました。それはロシアやウクライナ、さらにはその他の諸外国も同じ思いだったかもしれません。しかし実際には戦況は長引き、まだ数年は続くと見る人もいます。

そもそも人間はなぜこれほどまでに同じ人間同士で争うのでしょうか。人類がまだ狩猟採集をして暮らしていた頃は人類同士の争い(殺し合い)はなかったと言われています。近年ある発掘調査で、およそ1万年前のものと推定される、頭部に穴の開いた頭蓋骨が発掘されました。穴は矢じりによるものと見られ、人類史上初の人間同士の殺し合いだと考えられています。1万年前というのはちょうど農耕が始まった頃と重なります。農耕によって生活は安定し、豊かになった一方で、貧富の差が生まれ、人間同士の争いが生まれたのでしょう。

カントは『永遠平和のために』の中で標記の言葉に続けて次のように述べています。

 

戦争状態、つまり敵意がむき出しというのではないが、いつも敵意で脅かされているのが「自然な状態」である。だからこそ平和状態を根づかせなくてはならない。

 

一見すると平和に見える状態でも、水面下ではお互いの敵意が隠れています。それを放っておくとたちまち戦争状態になりかねません。平和は自然に生まれるものではなく、お互いの歩み寄りや譲り合いがあってこそ築かれるものであり、築き上げてもなお絶え間ない努力によって持続されていくのです。

蓮井 智道

MONTHLY

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