[今月のコラム]名を呼ぶ
2026.04.01
子供が産まれる前から、親はどんな名前にすればいいのだろうかと一所懸命に悩む。
令和になった昨今の名前を決めるポイントは、社会状況の変化が影響しつつも、①読みと音の響き、②漢字の意味、③文字数だという。いずれにしても親は名前をつけるという一大事の責任を果たさねばならないのである。
スーパーなどで、お母さんの姿が見えなくなると”お母さん”と大声で叫ぶ子供の姿をよく目にすることがある。そして、お母さんを見つけると何とも安心した笑顔を見せるのだ。名とは、呼んだ人と呼ばれた人を関係づけるものなのだと教えられる。また、つながりを回復しようとするものであろう。夫婦も友達も仕事場の人も名を呼んでつながりを確認する。よく考えてみると、願いをもって名前を付けた我が子でさえも、付けた名前の願いを思いながら呼ぶことは無い。とにかく子供を呼ぶことから関係が始まっているのだ。
昨今では、南無阿弥陀仏というお念仏の声が聞こえないということをよく耳にする。声の大小にとらわれている方も多いようだ。まずは、称えることから始めてみなければならないのではないだろうか。
南無阿弥陀仏というお念仏。それは形のない「仏さまの願い」が表わされた名である。南無阿弥陀仏とお念仏を称え、その名をとおして「仏さまの願い」をいただくのである。そして、その呼応の関係において、仏さまに育てられていく歩みを賜っていくのだ。
南無阿弥陀仏は、阿弥陀様から届いた浄土への招待状。それさえあれば浄土とつながりをもつことができる。
「ねてもさめても、いのちのあらんかぎりは、称名念仏すべきものなり」との蓮如上人の念仏をすすめる声が聞こえてくる。
