[今月のコラム]ふかきみ法
2026.06.01
あらゆる動植物は、天地自然の法則によって生きている。動物は雨が降り出したからと言って傘はささない。長靴もはかない。また、子どもにご飯を分け与えることはあっても、明日のご飯を心配して今日のご飯を残しておくことなどもしない。生死の悩みはあるのだろうか。ましてや、この世が嫌になったからと言って自ら命を絶つこともない。
人間は自然の法則からはみ出し、他人と自分を比べたり、善し悪しのものさしや損得で物事を考えたりする。自分にとって都合がよければ受け入れ、都合が悪ければ排除しようとする。自分の都合・思いに叶っている間は良いが、思うようにいかなくなると「殺」や「死」さえ選ぶのである。
また、人間は考えが一致しない場合や利害関係によって争いを起こす。国と国との間で、そして家族であっても傷つけ合うのだ。そんな時、国には法律があり、それによって裁かれ罰せられる。しかし、昨今の報道では、そんな法律の無力ささえ感じることがある。また、いつでもどこでもどんな人をも平等に救われる法ではない。時代や国の違いによって同じ事柄であっても罪になったりならなかったりするのだ。
敗戦後、日本は戦争放棄を誓った法をつくり民主主義の国となった。しかし今、再び戦争のできる国になろうとしているのではないだろうかと危機感を覚える。
人間のつくった法は、その時々で命をも奪うものである。しかし、真宗宗歌にある「ふかきみ法」という仏の法は、人間の浅い知恵や学問で作られた法ではない。阿弥陀仏の真実の法であり、いつでもどこでも誰の上にでも平等な救いをもたらす法である。
「法」という字は「水」が「去る」と書く。色も形も無く、あらゆるものを潤し、雨になったり滝になったり、雪になったり雲になったり、水の本質を失わずにはたらくのである。飲めば喉を潤し、体内の老廃物を洗い流してくれる。水は縁に任せて全ての物を生かし続け止まらないはたらきをするのだ。
人間の自己中心的な浅い知恵で世間道を歩み苦しんでいる私に、「ふかきみ法」がはたらいてくださっている。
