コラム

非核非戦靖国問題部会:現地学習会報告

年度末にあたり、今年度実施した非核非戦靖国問題部会で行った現地学習会の報告をさせていただきます。この現地学習会は4月14日(水)~15日(木)に長崎教会および各所にて九州教区解放運動推進協議会「非核非戦・靖国問題部会 現地学習会(in ナガサキ)」が部会委員と長崎組役職者を中心として開催いたしました。

部会の方を含め18名の参加者とともに、14日は「非核非戦の碑」(原子爆弾災死者収骨所)前で勤行後に末永仁氏(長崎組善教寺住職)より原爆投下後、ご門徒を中心とした収骨の歴史をお聞きしました。続いて堂内にて深草昭壽氏(長崎組福浄寺住職)より「非核非戦」の言葉の字義とその願いについてお話頂きました。

開会式の様子
末永氏のおはなしの様子
収骨所の説明

 

翌15日はフィールドワークにて、二十六聖人殉教地(旧長崎教会跡地)から岡まさはる記念長崎平和資料館 崎山昇氏より朝鮮人・中国人強制労働等(軍艦島)のお話と館内でのご説明を頂きました。このお話を受け、日程後に軍艦島見学に行きました。

特に深草昭壽氏(長崎組福浄寺住職)より「非核非戦」の言葉の字義とその願いについては部会員の村上由香思氏より以下の通り報告いただきました。

深草氏の講演

4月14日、非核非戦・靖国問題部会現地学習会において、長崎組の深草昭壽さんから「非核非戦」についての発題をいただいた。部会員の村上が書き留めたメモから、要点を報告する。

「非核非戦」という言葉から、宗祖の「非僧非俗」を思う。国家権力による僧俗を拒否し、阿弥陀の浄土によって生きていくという宣言だと考える。「非」という言葉に大きな問題提起があると思う。

「非核非戦」という言葉との出会いは、1983年に山陽教区から発信された冊子だった。仏青を中心に、この言葉の意味を学ぶことはとても大事なことだと考え、多くの先生からご指導をいただいた。そして「非核非戦」とはどういうことなのか、自分たちなりに受け止めてきた。ある先生は「身土不二」ということを教えてくれた。身と土はひとつである。この身と社会の問題は離れるものでない。ならば、この身を問うことは社会を問うこと、社会を問うことはこの身を問うことである。「自己とは何ぞや」、単なる「反核反戦」ではない。自己を問うということがあってこそ「非核非戦」なのではないか。このように問い続けてきた。

本山では「非戦平和」という言葉を使う。1985年、原爆40周年を「非核非戦」というテーマのもとに行ったとき、私たちはすでに核の平和利用は問題だと提起していた。その翌年チェルノブイリの原子力発電所の事故があり、そして2011年に福島の原発事故が起きた。「核」というのは核兵器だけではない。このことをハッキリさせなければならない。私たちにとって必要不可欠な電力、それに関わる原子力発電所の問題。それが多くの命を奪い多くの人たちを排除していく。そういう意味で、「非核非戦」という言葉は非常に重い。本山にも名乗っていただきたい。

最近、自民党を中心に新しい原発を作るための議員連盟ができた。これだけ大きな原発事故にあいながら、その解決方法もないという中にありながら、人間というものは原子力発電を求めていこうとする。そういう人間の知恵の無明性を「核」という言葉で押さえている。ならば、それを破る唯一の手立ては何か。無明の闇を破す唯一のはたらきは何か。それが如来の本願であり、その心が「非」という言葉に託されている。そして自らの存在を「非ず」と教え示す、非の心。その大悲の心に出会ったとき、私たちは、自己とは何か、その自己が身を置く社会はどうあるべきか。そういう根本課題が与えられ、それを問わざるを得ない。

「核」と「戦」に生きる私に対して、「非ず」と呼びかけ、その罪を知らせんとする如来の願い、これが「非核非戦」ということではないか。だからその願いを聞きとったときに、聞き得ることが出来たときに、そこに生ずる心こそが「慙愧」の心である。「無慙愧は名づけて人とせず」。仏の教えに遇うたとき、はじめて人間になる。つまり凡夫となる。凡夫という私を発見し、そうなさしめる仏のお心が「非核非戦」ということではないか。まず、「非核非戦」という言葉を如来の言葉として受け取る。私たちはそこから出発した。長崎に足を運んでもらって、「非核非戦」という言葉を知っていただいただけでも、ありがたい。

と、講師の深草さんの「非核非戦」の歩みを、このように私(村上)は聞き取った。

 

【参加者感想】

鹿児島組大願寺 濵上勇太

私は『何も知らない』まま、この研修会に参加する縁を頂いた。ただ、『非核非戦』という聞き慣れない言葉に、自分自身が『何をしらない』のかを確認したかったのかもしれない。2019年度に大谷専修学院を卒業した当時、在家出身であった私は僧侶として寺で、生活をしていくこと自体を決めかねていた。それでも、縁とは不思議なもので現在、鹿児島の寺を住持させて頂いている。毎日が初めての連続で、その生活の中でも自分は【何がしたいのか、何ができるのか、何をしなければならないのか】と問われ続けている気がする。時代社会問題、この言葉に出遇い、今生活している中で自分自身が感じている違和感に真正面から向き合うことが、今自分がやることだと直感している。

 研修会の中でお聞きした話は、私が今までの学校教育、日頃の生活で何気なく耳にしていたものとは全く違った。何が違うのか、その歴史的事実をみていく私の立ち位置が違った。被害者、加害者、日本人、朝鮮人など明瞭にわけられる立ち位置でもなく、ただこの事実を『私にとって』の立ち位置で見ることが重要と感じた。

どの側面からの事実をみても、殺す、殺される、そして、殺させる戦争はしたくないと怒りも湧いたが、それ以上にもっと悲しくなった。

 特に研修会で印象に残った言葉で、講師の方が『非核非戦とは、いわば純粋なる批判精神である』と話して下さった。私は先述したが、生活の中で違和感を感じざるを得ない時代だと感じている。続けて、当然になりつつあるマスクの件について、本当にしなくてはいけないのか?したいのか?しなければいけないのか?ということに真正面から向き合うことが時代社会問題でもあり、非核非戦から現代に学ぶことが出来ると、研修会の場で発言させて頂いた。その時に、『それでは、本来の人間のあるべき姿とは?』という言葉を頂いた。私は有難い課題を頂いた。ずっと、今もこの言葉を考えている。ただ、考えるだけではなく、目の前の人間と共にこの課題と向き合っていくという態度をとること、そして、そのような場が生活になっていくこと自体が、今自分のできること、したいこと、しなければいけないことであると再確認できる機会になった。本当に有難うございました。

久留米組正蓮寺 蓮原唯佳詩

今回、久々の現地研修会ということ新教区となって初の部会研修会ということもあり、楽しみにしていました。

長崎の教務支所へは何度か足を運び、非核非戦の碑も見てきたつもりでいました。しかし、今研修において、史実として知り得ていた原爆・被爆の状況が、これまで過去の歴史として捉えていたのが私。この碑の下に安置された遺骨を見せていただいたときに現実・現在進行形であるということを感じました。遺骨を収集し、ここに納められた。様々な思いがあり、願いがある『非核非戦』に込められた願いを九州教区内にて再確認し、そのことに賛同したいと思う研修会であった。

翌日、軍艦島(端島)への上陸ツアーは今の長崎における、ひとつの資源であり、歴史として認識されているが、どうしても綺麗は部分しか見えてこないがあったけれども、上陸することが出来たことは有難いことであった。次に行く機会があれば、今回よりも建物が減っているかもしれないと思うと、これもまた歴史であると思う。

当部会(非核非戦靖国問題部会)としては、今回の現地学習会での学びをとおして、今後各組で行っていただける学習会の提案に向け、協議を行って参ります。

組で学習会を検討される場合は、ぜひ非核非戦靖国問題部会までご相談ください。

  以上

報告者:田中 顕昭(非核非戦・靖国問題部会長)

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